墓地星

「原型(オリジナル)なんです、私の」

 その男は長いこと祈っていたが、やがてそう呟いた。彼がナザール・ソロ博士の墓に供えた花は白のフリージアで、ほとんど萎れかけていた。彼は立ち上がると、セラミック製の墓標に刻まれた「R.I.P」の文字を骨ばった指でなぞった。わたしは剥き出しの彼の手が低温に晒されていることに危機感を覚え、プロメーテウス三原則第1条に従って警告を発した。この原則は当然複製(レプリカ)にも適用されるのだった。

 衛星シレーム──それがこの星の名だが、そう呼ぶものは少ない。地表の六十パーセントを公園墓地が占めるこの星を人は「墓地星」と呼ぶ。わたしはとうに生産中止となった量産型アンドロイド・ノトスII型の旧式タイプで、ソロ博士亡き後も五十年ばかりここで墓守をしていた。この仕事はまさにロボットにうってつけだった。機械は孤独によって磨耗しない。ただひとつ不満があるとするなら、この星の低すぎる外気温がわたしの生体コーティングを──たった二十三日と六時間前に吹きつけたばかり──ひどくひび割れさせるということだった。

 彼が手袋を嵌め直したのを確認したあとで、わたしはこのレプリカの男に呼びかけた。

「ソロ博士とお知り合いだったのですか」

「いいえ」彼は首を振った。

「会ったことも、話したこともありません。おそらく彼のほうは私たちを知っていましたが」

「そうですか」

 わたしは多くのアンドロイドが得意とするところの無難な相槌を打った。礼儀として尋ねただけで、興味はなかった。彼はわたしの無関心に気づいたかのようにひとつ頷くと、再び墓標に目を遣った。「ナザール・ソロ 2377-2382 R.I.P」。その下に、小さなローマン体でありふれた追悼の詩が刻まれていた。

「会ったことのない人でも、墓の前では不思議と悲しくなるものですね。『もしも涙で階段が築けるのなら、もしも思い出で道を作れるのなら』……」

「『わたしは天国に一直線。あなたをもう一度家へ連れて帰れるのに』」

「この詩はあなたが?」

 わたしは首を振った。「博士自身が」

 今度は彼が首を振る番だった。

「彼は……随分私に似ていましたか」

「僭越ながら、ミスター」わたしは率直に言った。

「あなたが彼に似ているのだと思います。彼があなたに似ているのではなく」

 それを聞くと彼は一瞬目を瞬き、呆気に取られたような顔をした。わたしは彼の瞳孔が二十パーセント散大し、再び収縮したのを捉えた。アイスブルーの虹彩の中に無感動なわたしの顔が縮小されて収まっていた。

「違いない」と彼は頷き、ほほえんだ。

「あなたは変わったロボットだ。名前を教えてください」

「ノトスII型のエイト・オー・オーです」

「型番を聞いたんじゃあありませんよ。名前を、と」

「シムーム」わたしはそう答えた。

「博士はわたしをそう呼びました。『砂漠に吹く熱風』という意味だと」

「この凍てつく星で?」

「博士はそういう方でした」

 彼は弾けるように笑った。半弧を描くかさついた唇、そのあわいから覗く白い歯の並びに至るまで、博士の笑い方と瓜二つだった。彼は墓から離れ、眩しげに目を細めた。それがどうやら帰る合図だったので、わたしは尋ねた。

「またおいでになりますか」

「いいえ。シムーム、無意味な旅行を繰り返せるほどレプリカの寿命は長くはない」

「ミスター」わたしは彼を呼び止めた。彼は意外そうに振り返り、首を傾げた。わたしは自分自身の不合理な行動に困惑しながら尋ねた。

「あなたの名前は」

「ソロ」彼は答えた。「ナザール・ソロ」

「お気をつけて」

 わたしは別れの挨拶をした。彼が去ったあと、わたしはそこに跪き、博士の墓標の前から注意深くフリージアを取り除いた。萎れたフリージアは碑文の上で既に凍りついていた。

――もしも涙で階段が築けるのなら……。

 花はわたしの手の中でばらばらに砕け、薄い被膜となって剥げ落ちたわたしの生体コーティングと混じり合った。防腐処理を施された博士の体は、五十年経った今もそのままの姿でここに眠っている。それはかつて聖人にのみ許された奇蹟だった。

 わたしは花弁の欠片を払い、立ち上がった。《駅舎》に戻らなくてはならなかったが、低温環境での速やかな移動はわたしの柔軟関節にこたえた。わたしは博士の墓標の前に立ち尽くした。墓地星の厚い大気の向こうでは、十三人目のナザール・ソロを乗せたカプセルが緩やかに上昇していくところだった。